妻(夫)のガミガミの陰に潜む劣等感を暴く

配偶者や同棲相手にガミガミ言う人や、難に対しても批判的な言葉しか出てこない人は、劣等感の強い人です。劣等感とは、他人より自分は劣っている。自分は何もできない。自分は何の取り柄もないと思い込んでいる人です。このような人は、たとえ立派な仕事をしていても、常に自信がなく、自信のなさを素直に表現できていればいいのですが、プライドが高い場合が多いため、それを隠すために高圧的な態度をとったり、自分の本心を見抜かれないように必死で隠そうとします。

他人から見て優れている部分があるのに、自分はだめだと思い込むのはどうしてでしょう。どうしてあなたの配偶者は劣等感が強くなったのでしょうか。それは、育ってきた環境で大きく変わってしまいます。特に日本は、成績が伸びる子どもにする教育が中心です。この教育は、優越性しか生みません。誰かと比較して素晴らしいという事です。人と比べての幸福感しか学べなかった子どもたちは、勉強の競争に負けたり、走るのが遅かったり、運動ができなかったりするだけで、良い子にはなれないのです。

条件付きの良い子しか褒めてもらえないのですから、生まれてきてくれただけで”良い子“で”かわいい子“のはずなのに、競争に勝てなければ受け入れてもらえないのです。それなら、勝ち続けて成長する子は少数しかいません。そんな果てしない競技に参加する事さえも生きる気力を奪われます。しかも、勝ち続けてきた子でさえ、生きる意味がわからないのが現実です。たまたま能力のある子が競争に勝ってきたかもしれません。

しかし、どこかゴールでしょうか?東大で一番を取ればゴールですか?それならハーバードに行けば一番ではない可能性もあります。そこで二番ならどうでしょう?評価で子どもの良い子度合いを計る子育ては日本そのものを落としていることと同じなのです。外交も上手になどなりません。あなたのガミガミうるさい配偶者は、そんなかわいそうな家庭環境で育ってきたのです。

育ってきた環境が、愛情に満ち溢れ、どんな我が子でもかわいくて愛おしい子どもだと日々接してくれていれば、子どもは知識を得たいを思い始めます。それは、両親を見て、生きるって素晴らしいと思うからです。学びたいという意欲が自然と出てくるのです。うるさく勉強しなさいと言い続けなくても、勝手に学ぼうとし始めます。

しかし、愛に溢れていない家庭でも、子ども自身の能力が高ければ、親の期待にこたえて笑顔を向けてもらいたいと思うあまり、勉強も頑張ります。運動もがんばります。大人の付き合いにも良い子でふるまえます。そんな子はたまたま能力が高かったからです。感受性が強いあまり、大人が何を期待しているかが理解できてしまい、それをやりきろうとします。

このような子は途中までは何とかいけますが、限界が来ると力尽きて、突然学校に行けなくなったり、仕事に行けなくなったり、外に出られなくなったりします。結局、充実した人生を大手を振って歩ける子どもはいないという事になるのです。あなたの配偶者は、大人には何とかなれましたが、近しい人にストレスを発散し続けなければ生きていけないようですね。

これが劣等感の強いあなたの配偶者が作られた家庭です。では、あなたはどうですか?同じような家庭で育っていませんか?精神的自立ができている人が、精神的自立のできている人を配偶者に選ぶことはありません。逆も然りです。類は友を呼ぶという言葉はそういうことなのかもしれませんね。