弱い犬ほど良く吠えるとはよく言ったものです

あなたの配偶者は毎日うるさいですよね。割合的には現在だと、旦那さんがうるさいという家庭が多いと思います。しかし、これからはわかりませんね。奥さんの方がだんだん強くなってきていますから。日本に根付いていた男尊女卑を考えると、女性が強くなって嬉しい気持ちもありますが、それは本当の良いコミュニケーションかと言われると、全く違うと思います。

どちらかがどちからを支配するような関係性は間違っています。毎日ガミガミとあなたに怒る配偶者は、何かしら不安に支配されている人です。不安で仕方がないから毎日ギャンギャンと吠える犬のように怒っています。不安を不安として自分の中に溜めて置くこともできないほど不安なのです。このタイプの人は、ひとつ思い通りになって安心したのも束の間、また次の不安がすぐやってくるので忙しく怒るんですよね。

犬が吠える原因も、ストレス・警戒・恐怖・欲求と言われています。犬は吠えることしかできませんから、同じ「吠える」で終わりますが、人間は知能もあります。ですから、いろんな意味にすり替えて怒ることができるのです。一緒に暮らしている者にとって、すり替えられることはいい迷惑です。ガミガミを受ける側は、意味がわからないからです。

しかし、この犬が吠える理由の四種類と同じで、人間がガミガミ言う人も自分でもわからない欲求が満足できておらず、何かしら恐怖心を持ち、警戒し、そのすべてがストレスとなっているのだと思います。その原因の根本は育ってきた環境にあります。子どもは、矛盾を感じたり、自然の流れに沿わない事は心に引っ掛かります。大人に怒られるから、文句も言わずに我慢しますが、心には大いに引っかかっているのです。

その経験はふに落ちないこととして怒りに変わります。その怒りがいっぱいたまったまま大人になる人が多いのですが、その怒りを解消できていないので、全く別の事がきっかけでその怒りに火が付き爆発するのです。原因は目の前の何か。ですが、その場に居る人には心の中にそんなに大きな怒りの火薬を貯め込んでるとは知らないので、急に怒鳴られて驚くのです。

そして、その心の火薬は本人も気が付いていないので、本人にはそれもストレスになるのです。このような人は一生悪循環で生きていきます。しかし、親の機嫌を慎重に見ながら生きてきていますから、上司の機嫌をうかがうのは上手だと思います。力があると思う人の機嫌を伺うのが上手だと思います。男性なら上司、女性なら友人関係の力のある人をみつけるのが早いですね。

家の中でワンワン、ワンワン吠えている配偶者を見ては、自分では訳がわからないから怖いんだな、警戒するしかないんだな、それがストレスになってるんだなと思ってあげて下さい。上から見ることであなたの気持ちも少しは軽減されるのではないでしょうか。そして、少しあなたの方に余裕ができれば、支配とは関係のない場所での大人のコミュニケーションをとる練習をしてみるといいですね。

あなたの人生は誰が主役?

人の幸せは、自分の心が満たされて生きていけることです。相手は関係なく、自分の心が満たされている人は、精神が自立していて、楽しいことや辛いことが自分の価値で決められる人です。心が満たされている人は、悲しい事があっても、辛いことがあっても心が充実で満ち満ちています。悩んでいても100%の力で悩み、悩みがあるのに心は充実しているという事です。

この感覚は、精神が自立している人しか味わえない事だと思います。たとえば祖父母や両親が亡くなった時、親戚が集まって楽しいと思える瞬間もあるはずです。誰かが亡くなって悲しいけれど、楽しい瞬間もある。それを表現できる人が自立した人と言えるかもしれません。身内が亡くなるのは悲しい事。だから悲しむのが当然と考える人は、世間体で生きています。自分の価値観で生きていません。

常識ではこうだろう…。と思われるような場面で、自分自身の気持ちに正直になれるのが自分の価値観を持っている人です。自分の価値観を持っている人は、自分の人生を自分が主導権を握って生きています。誰かに翻弄される生き方、人の目を気にしながら生きる生き方は他人があなたの人生の主導権を握っています。それでは充実した幸せ感は得られません。

たまには幸せな気分になるときがあるでしょう。事が自分の思惑通りに進んだときです。日々起こるひとつひとつの出来事に自分がこうなるといいなという結果があり、そちらに行くように手や口を出し、その方向に行くと嬉しかったり、安心したり。ひとつの事が思い通りになると、次の事も思い通りにしなければ幸妻の場合もせではない。という幸せの作り方です。

この方法は、自分のいう事を聞く人をそれに利用することがあります。たとえば子ども。無邪気な子どもがいう事なら、受け入れられるだろうと考え、自分の思い通りの方向に行けるように子どもを利用します。たとえば、面倒な親戚の集まりの時、子どもが帰りたいと言い始めたら帰れる。だから、子どもに「帰りたい?帰りたの?」と誘導していく。子どもは親の気持ちを察知する高い能力を持っています。

しかも、そのように育てられた子は特にです。ですから、子どもは親の思うように動いてくれます。しかしこれは、子どもにとって大変な苦しみを与えていることに親は気づきません。ありのままを受け入れられて育っている子どもは、そのような空気は察知しません。ですから、親が自分で何とかするしかなくなります。でも、空気を察知しない子どもを育てられているのですから、その親は早く帰りたい集まりの時は、自分でなんとかできます。

毎日怒っている配偶者も、困った時は子どもを使う自立できていない母親のように、妻や夫を利用します。いつもガミガミ威張っているため、困った時も相手を利用できると考え、それが夫なら「おい、○○だから早く帰ろう」と理由にならない理由をつけて切りあげることを促します。ガミガミが妻の場合も同じです。そして、思い通りに配偶者が動かなかったら、イライラします。しかし人前ではガミガミは言いません。

ここがDV的な部分です。人前では愛想が良いのが特徴です。空気を読め!と促してくるのです。母親が子どもに空気を読ませるのを同じではないですか?そんなとき、あなたならどう思いますか?自分の考えで動けますか?自分はここにまだ居たいから、居る。あなたの気持ちは汲まない。嫌ならあなたは帰る?と笑顔で言えますか?

あなたは配偶者をどう思いますか?あなたの気持ちが知りたいです

配偶者の存在に悩んでいる時、その人の事ばかり考えてしまいます。どうしてあんなに怒るんだろう、きっと私の事が嫌いに違いない。何をイライラしているんだろうか、自分の稼ぎが悪いのだろうかなどです。しかし現実は、その関係に慣れ合っているという事が多いと思います。すぐ怒る配偶者は、自分がすぐ怒ることに気が付いていない場合もあります。

普通の会話のつもりが、長年の癖で怒ったようにしゃべってしまうとか。しかしこれは、その都度、「嫌だ」と表現してこなかった配偶者の責任でもあります。ちょっとこの話は理不尽な気もしますよね。こっちは毎日嫌な思いをしているのに、それが自分の責任か?!という疑問もあるでしょう。しかし、いかなる問題も自分次第で解決は可能です。

他人は変えられないのです。変えられるのは自分だけです。相手が子どもといえども変えることはできません。その事に関して自分がどう思うか、自分がどうするかです。たとえば配偶者のガミガミが嫌な場合、相手がいつ変わるか、どうやって変えるかを考えても何も前進は無いんですよね。この考え方が当たり前になれば、いろんなトラブルの解決が早くなりますよ。

配偶者を言葉で攻撃する相手は、そのままでいるとどんどん幼いことを主張してきます。たとえば、嫌いな食べ物を無理に勧めると、まず口にはしませんが、万が一口に入ってしまった場合はせき込んで見せたり、吐いて見せたりです。そのような場合は特別幼い行動といえますが、配偶者の身勝手をあなたが許しているばっかりに、相手はどんどん無知な人になっているといってもいいと思います。

「そんな自分でも通る」と思わせてしまうのは社会から見れば無知ですよね。他人がその人の家庭内の姿を見て、引くような態度はやはり普通ではありません。あなたはこの事をどう思いますか?あなたはどんな気持ちで毎日を送っているのですか?自分は被害者だと思い込んでいますか?こんな毎日は嫌だと思いながらも打算的に考えてますか?

打算的というより、向き合う事を拒んでいるのではないでしょうか。自分と向き合う事、相手と向き合う事を拒むために打算的に考えるという逃げもあります。あなたはガミガミいう配偶者をどう思っていますか?ガミガミ言う以外の配偶者の事をどう思いますか?表向きの人に話すための表現ではなく、あなたの本心に問いかけてみて下さい。

まずはそこからが始まりです。配偶者の事を責める前に、自分は相手をどう思っているのかから始めます。この問題は、自分の問題だと思って取り組んでもらいたいと思います。常に自分の「気持ち」を探していると、自然と解決方法が見つかったり、本当に大切にしたいものが見えてくることがあります。それには長い時間がかかると思いますが、木の根が元気なら、豊かに葉が茂るように、人間も根本が改善されれば、全ての事がうまくいくようになっています。

ですから、あなたの気持ちが知りたいのです。あなたもあなた自身の気持ちがわからないのではないですか?というか、考えたことが無いかもしれませんね。これを期に考えてみませんか?

ガミガミ言われる自分は可哀そう…、被害者意識はもうやめよう!

うるさい配偶者に毎日小言や罵声を浴びせられる人は、心が疲弊しますよね。理不尽なことを言われたり、矛盾を押しつけられたりと、このような人と一緒に居る人はほとんどあきらめの方向へ心が向かいます。ガミガミ言われるのをあきらめて、うまくやり過ごす方向に向かうという意味です。子どものいる夫婦がこの関係の場合、夫がガミガミ言う側なら、妻とその子どもたちも我慢する側に回ることとなります。

すると、子どもたちは母親を”かわいそう“という方向で受け取ります。その家族関係は、父親対その他の家族という形が出来上がるでしょう。しかし、父親がエスカレートしていくには、それを受け入れた母親にも原因があります。かわいそうだと子どもたちに思われることで、日々の辛さが緩和されるところに問題があります。毎日辛い思いをしている人にこのような話は傷口に塩を塗るようで心苦しいのですが、より幸せになるための良薬だととらえていただけると嬉しく思います。

人間は、問題があると緩和する材料がると気持ちは楽になりますが、問題の本質を逃しがちになります。これは、いいとも悪いともいえませんが、どのような状況でも問題は問題として捉えられるのが、精神が成熟した大人ですね。さて、ガミガミ言われているあなたは、うるさく言わないで!とか、ガミガミ言うしか能が無いの?!などと反撃する自信がありません。ガミガミ言う側と同じで、やはり劣等感が強いといえます。

さらに、ガミガミ言う人の配偶者が、精神的に成熟した大人であった場合、相手はガミガミ言う事もありませんし、DVに発展する事もないのです。不思議ですよね。それはやはり、依存体質が依存体質を刺激するという表現が正しいかどうかは不明ですが、依存同士で刺激し合う負のエネルギーは間違いなくあるのです。自分の人生を自分のものにしたいのなら、”可哀そうな私“はもう卒業しませんか?

ガミガミ夫と、それ以外の家族の結束で出来上がった家庭になっている場合、母親と子どもの依存関係が強くなります。ということは、ここでも不幸な人間関係が生まれるという事ですよね。当事者が問題意識を持たない代償は大きいのです。しかし、無理なことを頑張ってする必要はありません。「もうこの人といるのは無理!」と思った人だけが何とかしよう!と立ち上がればいいのです。でなければ、正常な軌道に戻したいと思う気持ちが長続きしません。

付け焼刃の方法や策は、相手にとっても、周りにとってもいい影響はありません。全ては、自分の中からわき上がるエネルギーがあるかないかです。人に焚きつけられて頑張るものではないのです。ただ、ここで大事なことは、自分はその状況を”どう受け止めているか“を冷静に考えることです。人に言わなくてもいいので、自分ひとりでじっくり考えてみて下さい。それだけでも十分、大きな前進ですよ。

本当は、決して誰も悪くないのです。そうやって育てられてしまったのですから。その親もその上の親から同じように育てられています。ですからこの事はエンドレスで誰が原因というものではありません。気がついた人が動くか動かないかということです。ガミガミ言われても今が幸せと思える人はそのままでいいと思います。人にはいろんな人生の送り方がありますからね。