ガミガミの引き金を引かせるのは誰だ?!

ガミガミ配偶者は犯人探しをします。誰かの「せい」にしたがるのです。家族の近しい存在にうるさく言う人は支配的です。支配は弱さから来ます。心が弱いため、何かがあると、必ず誰かのせいにして自分の責任ではないと主張したがります。誰も、あなたのせい!などと言ってもない、思ってもいないのにです。

家族で失敗をするようなことがあると、そこでも犯人を探すので、一緒にいる家族はうんざりします。たとえば、旅先で食事をする場所を決める時、ガミガミな人は誘導はしますが、決定は他の人に任せます。たとえば子どもが決定したとします。おとうさんがここはどうだ?と聞くから、子どもは「ここにする」と言います。お腹もすいていたらなおさらです。

しかし、その場所がとてもまずい食事を出すところだったとしたら、「お前がここで食べたいなんて言うからだ」と、犯人は子どもという事になるのです。しかも、子どもは「ここにする」と言っただけです。それも「ここで食べたい」と言った。に変換されていきます。このようなことひとつひとつを妻であるあなたが、またいつものお父さんの癖ね。という風に処理をしてしまうと、お父さんも増長し、子どもは傷つき、さらに子どもはそれを学習します。

その後の展開が面倒だからと、そのままにしてしまうあなたが、いろんな引き金を引いていることになります。毎日辛い思いをしているあなたに、より辛い思いをさせるようですが、いつまでも被害者ではいられませんね。子どもが傷ついたり、子どももあなたたち夫婦と同じような劣等感の持ち主になります。恐ろしい事は、ガミガミの人は、自信のないいつまでも自分を頼る子どもでいてくれることをどこかで望んでいる事です。

そうすると、いつまでもバカだなバカだなと怒り続けることができますし、さらに、自信がなくて巣立てないのですから、いつまでも自分のそばに居ることになります。それが自立できない大人の最終目標と言ってもいいでしょう。身体だけが大人になり、精神が未熟なままの人は、どこをどう切っても幸せにはなれません。依存するものどうしが寄り添いあって幸せを感じることもあるでしょう。

しかし、本当の幸せを知らないまま終わることにもなります。知らないのならそれでいいですか?我が子もそれでいいですか?そう思われるなら、日本もどうなってもいいという事です。一人の自立が家族を自立させ、家族の自立がチームを自立させ、チームの自立が集団の自立になり、集団の自立は国の自立につながります。そういう意味では、本当に困っている人だけが、自立に向かうチャンスをつかむ人と言えるかも知れませんね。

ガミガミは言われていても、本心でそれが問題だとは思っていない人は、そのまま文句を言いながら続いて行くでしょう。しかし、本気で辛く、本気で困難に負けそうな人は、出口を求めてあがきますから、その人だけが将来の充実感でいっぱいの楽しい未来を手にするということかもしれません。現状を解決するには、引き金を引かせるのは誰?という見たくない現実を見なければなりません。

これはカウンセラーという専門家の手を借りても難しい作業です。専門家も、ここから先には行く準備ができてないのだなと理解すれば、そこから先のサポートはしません。本人の無意識がその先の困難を引き受ける覚悟ができていないとわかるからです。あなた大事なことに気が付いていませんよとも言ってくれません。言っても意味がないと分かっているからです。

少し本格的な話でしたが、少しは理解してもらえたでしょうか。わからなくて当然の世界です。どうぞお気になさらずに。